少し前のことですが、学生時代に関西の建築系大学で構成される
「Diploma Kyoto’09」で一緒の班であった新森雄大君が
自身の
ブログで僕のことを紹介してくれてました。
現在、滋賀県大M2に所属している彼は、
セントラル硝子や空間デザインコンペディションで入賞するなど、
まさに飛ぶ鳥を落とす勢いの注目の若手。
いやぁ、ホント恐縮です。
と同時に自分の思考がどこに向いてるのを考えてみた。
大学を卒業してからはいわゆる建築家コースに
敢えて進んでいません。
仕事で設計はちょいちょいしてますが、
メインは福井県の鯖江市という街で古民家に住みながら
まちづくりやデザインを通したコンサルなどをやっています。
さらには建築とは一見関係のなさそうな畑をやったりと。
「建築家を目指してたのに、なぜ違う方向に進んでいるのか。」
そんなことをいろんな人に言われたりしますが、
いやいや自分としては今の仕事に対して、全くもって正攻法を
取っている(建築をやっている)と思っています。
そもそも建築の本質は「場をつくる」ことではないか。
かなり曖昧な言い方かもしれませんが、
そこが消えてしまったら目的と手段がすり替わってしまう。
それなのに最近の建築は空間の質の勝負に
なっているような気がします。
極端に言うと、メディアの目を気にしながら設計をしている
建築家と、それをもっと表面的なところで模倣する建築学生。
確かに見た目は美しいのでそれはそれでいいかもしれませんが、
かなり危ない傾向ではないかと個人的に思います。
経済の縮小、人口減少、防災問題など
建築という職能を最大限に発揮しないといけないところに
目を背けている建築家。
表面的なデザインで世の中が救えるのであれば、
既に世の中がよくなっているはず。
それぐらい見た目のデザインは完成しきってる気がします。
「これからの時代に向けて、社会的意義のある建築とはなにか。」
これだけははっきり言えますが
僕は社会の荒波に晒されながらも
来るべき未来を見据えて 建築という職能を
どう拡げられるかを考えています。
ニーズが求めている「場」はなにか。
それは必ずしも建てることだけが答えではない気がします。
今はまだ半人前ですが未来のトップランナーになるためにも
高い志だけは一丁前に持っていたい。
そういう意味では新森くんとはいいライバルとして
10年か15年後に互いに成長した状態で競ってみたいと思います。
新森くん、今度呑みましょう。